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場所には特有の雰囲気がある。おそらくその雰囲気がひとを誘い、愛着を持たせることになるのだろう。札幌は観光都市である。一年を通じて数多くの観光客がやってくる。景観、食、レジャーなど札幌観光の目的はいくつもある。札幌という場所は魅力的な輝きに満ちている。しかし札幌のイメージはメディアやコンテンツによって作られてきたこともまた事実だろう。疑似イメージの確認作業がひとつの観光行動のモチベーションになっていると言えないことはない。
札幌は出身、在住のマンガ作家が多い街としても知られている。現在、コンテンツツーリズムを研究している僕にとって、さらに魅力的な街に映る。それは彼らが舞台に札幌を取り上げることが多いからだ。そしてその行為がさらに札幌の街のイメージ形成につながる。対外的には理想的な情報発信が行われているということでもあろう。もちろんそこには観光名所としても有名な時計台、大通公園や北海道大学などが描かれることが多いが、生活視点レベルでの風景も数多く描かれている。

写真:時計台、大通公園

今回、取り上げるのは円山公園だ。札幌市の西に位置するこの公園は四季を通じて市民の憩いの場になっている。また隣には北海道神宮があって、初詣客でも賑わう。また桜の名所としても知られている。この公園は京都の円山公園を模したところから、名前がついた。もとは明治初期に開拓使が設置した樹木の試験場だったが、明治末から大正にかけて公園として整備された。現在、園内には、動物園、野球場、陸上競技場、庭球場、子供の国などがある。

写真:円山公園

交通アクセスも地下鉄東西線円山公園駅から至近距離にある。界隈は札幌市民にもっとも人気のある住宅地になっており、様々な飲食の名店も多い。ちなみにフレンチの名店であるモリエールや東京にも進出している宮越珈琲店の本店もこの界隈にある。バブル期には裏参道に洒落た店が数多く展開したこともあったが、現在では若者に特化した地域というより、落ち着いた雰囲気の界隈性を保持している。
円山公園は、もちろんマンガの中にも登場する。ここで最初に紹介するのは札幌在住マンガ家としては代表的な存在であるいくえみ綾『プリンシパル』だ。いくえみは1979年、『別冊マーガレット』(集英社)にて「マギー」でデビューした。2000年には『バラ色の明日』で第46回小学館漫画賞を受賞。2009年、『潔く柔く』で第33回講談社漫画賞少女部門を受賞し、2013年、その作品が実写映画化されている。これだけ長い間、少女コミックの世界で第一線で活躍していることには敬意を表さざるを得ない。
『プリンシパル』は、『Cookie』(集英社)にて2010年11月号から2013年9月号まで連載され、その後、単行本として7巻が刊行されている。この作品では、主人公の糸真が母親の4度目の結婚相手と上手くいかず、また入学したばかりの女子高でも些細なことで仲間外れになり、実父を頼って札幌へと引っ越す。転校先の学校で、学校中の女子生徒の人気者、和央とその幼馴染みの弦と親しくなるところから物語が展開していくというものだ。

プリンシパル1巻 表紙

この作品には円山動物園が登場する。円山動物園は1950年に上野動物園の移動動物園を札幌にて開催し、好評を得たことが起源となっている。北海道の中核的な動物園として、1974年には約123万人の入園者数のピークを迎えるが、次第に減少、とくに旭川の旭山動物園の台頭によりその存在感が薄くなっていく。しかしその後、危機感からインフラ面の整備に力を入れ始め、その後、2005年からは年間パスポートも発行し、入場者数は増加傾向にある。ほ乳類、鳥類、爬虫類など動物約160種、700点を飼育する。
作品に出てくる「サル山」には現在、26家族、約80頭が飼育されている。円山動物園でももっとも人気のある場所になっている(現在、「サル山」は改修のため一時的に熱帯動物館の仮動物舎に移転されている)。

参照:プリンシパル4巻(65頁)、写真:円山動物園

河原和音『青空エール』は、『別冊マーガレット』(集英社)にて2008年9月号から連載中。単行本は2015年4月現在17巻刊行されている。吹奏楽と野球の名門校として名高い北海道札幌市立白翔高校に入学したつばさが、いつかトランペットで甲子園のスタンドに立って野球部を応援する夢を追いかける。トランペット初心者のつばさは何かとくじけることが多いが、同級生で野球部員の山田大介に励まされながら、共に甲子園を目指すという物語になっている。

青空エール1巻 表紙

この作品は札幌が舞台、しかも高校野球を題材にしているので、円山公園にある円山球場も登場する。円山球場は1934年、札幌神社外苑球場として竣工、開場以来、現在に至るまで高校野球、大学野球、社会人野球など道内のアマチュア野球公式戦が行われている他、プロ野球公式戦も数多く開催されてきた。札幌最初の野球場である中島球場に代わって、1977年夏からは全国高等学校野球選手権南北海道大会の主球場となり、これにより円山球場は市内や道内を代表する野球場として本格的に使用されるようになった。なお中島球場は1980年限りで閉鎖・撤去され、跡地はその後北海道立文学館の建設地となった。また同年、後継球場として北区に麻生球場が開場した。

参照:青空エール12巻(85頁)、写真:円山球場

ただし2001年、豊平区に札幌ドームが開場することになって、そこが日本ハムファイターズのフランチャイズとなり、プロ野球はほぼ札幌ドームを使用することになった。高校野球の札幌支部予選は円山球場、麻生球場、野幌球場で開催され、全国高等学校野球選手権南北海道大会や春季、秋季の北海道高校野球大会は円山球場で開催されている。それゆえに「北の甲子園」と呼ばれることも少なくない。もちろん社会人、大学野球でもこの球場は使用されている。
札幌にはガイドブックに登場しない場所にこそ、魅力の空間が存在する。マンガ作品をガイドブック代わりにする旅も、また小さな冒険になるのかもしれない。

  • 『プリンシパル』いくえみ綾(©いくえみ綾/集英社)
  • 『青空エール』河原和音(©河原和音/集英社 マーガレットコミックス)

PROFILE
増淵 敏之 Masubuchi Toshiyuki

法政大学大学院政策創造研究科教授

1957年札幌市生まれ、札幌旭丘高校、明治大学文学部史学地理学科、法政大学大学院社会科学研究科修士課程、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)
番組制作会社、FM放送局、レコード会社において放送番組、音楽コンテンツの制作及び新人発掘等に従事、FM局時代には鈴井貴之を起用して幾つかの番組を手掛け、レコード会社時代は辻仁成などを担当、中嶋美嘉、オレンジレンジ、YUI、チャットモンチーなどの発掘にかかわる。
主な活動としては、専修大学社会知性開発研究センター客員研究員(2006〜2008)、川崎市「音楽のまち・かわさき」イベントラボ企画委員(2005〜2008)、法政大学地域創造システム研究所所長、成城大学グローカル研究センター客員研究員、コンテンツツーリズム学会会長、文化経済学会<日本>理事、小田原市政策戦略アドバイザー、一般社団北海道マンガ研究会代表、NPO法人ArcShip理事、希望郷いわて文化大使など。
専門は経済地理学、文化地理学、単著に『物語を旅するひとびと-コンテンツツーリズムとは何か―』(彩流社、2010年)、『欲望の音楽―「趣味」の産業化プロセス―』(法政大学出版局、2010年)、『物語を旅するひとびとⅡ-「ご当地ソング」の歩き方―』(彩流社、2011年)、『路地裏が文化を生む!:細街路とその界隈の変容』(青弓社、2012年)、『物語を旅するひとびとⅢ-コンテンツツーリズムとしての文学巡り』、共著に『フリーコピーの経済学』(日本経済新聞出版社、2008年)、『立地調整の経済地理学』(原書房、2009年)、『変貌する日本のコンテンツ産業』(ミネルヴァ書房、2013年)、『コンテンツツーリズム入門』(古今書院、2014年)などがある。

本ページ内掲載の内容は2015年5月現在のものです。

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