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内沼晋太郎 「本屋の旅」 第2回:市場の古本屋ウララ「それは小さいからこそ」

PROFILE 内沼晋太郎

ブック・コーディネイター。2012年、東京・下北沢にビールが飲めて毎日イベントを開催する新刊書店「本屋B&B」をオープン。著書『本の逆襲』(朝日出版社)ほか。

11月某日

本屋の旅では、その土地で買ったばかりの本を読むのが、醍醐味のひとつだ。夜は、ふらりと入った居酒屋で、迷い込んだバーで、たどり着いたホテルの部屋で。酔って少しずつ頭に入らなくなってきても、読む。宿泊は、よほど宿の朝食が気になるとき以外は、大抵は素泊まりにしておく。そして翌朝、モーニングをやっている喫茶店か、イートインができるパン屋を探す。朝食を摂りながら、その日の予定がはじまるまでの間、コーヒーを飲みながらまた、読む。きっちり通読するというよりは、なんとなく行き来しながらページをめくる。

この日、取材は夕方からにしていた。午前中は那覇から北上する予定があったので、その途上にある店を調べた。辿り着いたパン屋は、うっかり「天国とはここのことではないか」とか過剰な表現をしてしまうほど素晴らしくて、ぼくは夢心地でサンドをかじりながら、昨日「ジュンク堂書店那覇店」で買った、花田英三さんの詩集『坊主』を読んだ。宇田さんの『那覇の市場で古本屋』で知った本だ。

PLOUGHMANS LUNCH BAKERY」は、パン好きには有名な店のようだった。高台にある小さな一軒家の、緑が自由に生い茂る庭から、眼下に街が、遠くに海がひろがるそこで、丁寧につくられたパンとコーヒーと、買ったばかりの本。これ以上の贅沢があるだろうか
「並木道を歩きながら/私の脳はふと少年の頃のことでいっぱいで/手足もつられてその頃のつもりになっている むこうから老女がくる/どこかおしゃれをしていて どこかうきうきしていて/彼女の脳もいま少女の頃のことでいっぱいなのではないだろうか すれちがいざま/ふたりになにかくるしいようなことがおこるのではないだろうか」(「並木道で」)

へんてこなのに研ぎ澄まされていて、色っぽいのに年老いていて、なんとも、よかった。この『坊主』という詩集との出会いも、宇田さんを沖縄に惹きつけたきっかけのひとつになっているという。木陰で、そよ風が吹いていて、うっかり寝てしまいそうなほど気持ちがよかったけれど、そうもしていられない。車に乗った。

午前中の予定は、ぼくの「これからの本屋講座」という私塾にわざわざ沖縄から来てくださっている、2期生の新嶋さんを尋ねることだった。新嶋さんは那覇から北に車で1時間ほど行った国頭郡金武町の、小学校のすぐ近くで「金武文化堂」という新刊書店をやっている。リニューアルを検討しているということで、相談を受けていた
金武には米軍基地がある。新嶋さんの子どもの頃の話を聞きながら、異国情緒漂うエリアを案内してもらう。タコライス発祥の地でもあり、それに由来する「ゴールドホール」というディープなスポットにも連れて行ってもらったのだけれど、本筋からずれるのでいつか機会があれば

予定を済ませてからは、いくつかの古本屋に寄りながら南下した。新刊でさえカオスな沖縄本は、古本となればなおさら奥が深い。どの古本屋に入っても、また見たことのない本が大量に並んでいる。前夜にちょうど『沖縄本礼賛』という、沖縄本の魅力に取り憑かれたコレクターのエッセイを読んでいたから(これも「ジュンク堂書店那覇店」で買った)、なおさら買いすぎてしまう。やっとのことで那覇に戻って、車を停めた。

市場の古本屋ウララ」は、第一牧志公設市場の向かい、市場中央通り沿いにある。戦後の闇市から生まれたこの巨大な市場にはとにかく何でもあり、多くの個人店が軒を並べる。

市場中央通り。右側の建物全体を、第一牧志公設市場と呼ぶ。1951年に開設、現在の建物は1972年に建て替えられたもので、老朽化のため再度の建て替えが検討されている

このあたり一帯の住所はすべて「沖縄県那覇市牧志3-3-1」となっているから、Googleマップなどで調べても正確な位置は出てこない。『那覇の市場で古本屋』によると「隣は漬物屋さんと洋服屋さん、前は鰹節屋さん」だという。とはいえ、それを目印にするまでもなく、歩いていればすぐに見つかる。宇田さんはそこに座っている。

派手な商店街の中にあるからか、素朴なウララの看板は逆に目立つ。フクロウのマークや、よく見ると間違っている「場」の漢字についてのエピソードも、『那覇の市場で古本屋』に書かれている

宇田さんが「ジュンク堂書店」池袋本店に入社し、たまたま「沖縄県産本フェア」に携わったことをきっかけに沖縄に興味を持ち、志願して那覇店に移り、その後ひょんなことから古本屋になったということは、前回も書いた。詳しいいきさつはぜひ『那覇の市場で古本屋』を読んでほしいけれど、ともあれ、小さな店である。左にひとり、右にひとり入れば、満員だ。

右側奥の棚。沖縄本が中心

本屋は大きいほどいい。もっと大きな本屋が欲しい。探している本は見つかるし、出会いの選択肢も多いし、一日中いても飽きない――という感じかたのほうが、どちらかといえば一般的だ。都心から遠く離れるほど、その土地で日々の生活をしている人は特に、そう思っている。「ジュンク堂書店那覇店」ができたときも、地元の人にはさぞ喜ばれたことだろう。

けれど一方で、探している本があっても、ネットで検索すればすぐに見つかり、郵送で届く。リアルの本屋は広すぎると疲れてしまうし、選択肢がありすぎると逆に選べない。そのように感じている人もいる。ほどほどに小さい本屋がいい。小さいからこそ、この本屋がいい。まだ少数派かもしれないが、そう感じる人はおそらく少しずつ増えている。そしてそれは、客の側だけの話だけではなく、やる側にとっての話でもある。

「ジュンク堂に入社して、人文書の配属になりました。担当になって、自分が何も知らないことが、最初はすごくコンプレックスで。そのうちに、読むことではなく売ることが仕事だし、お客様以上にたくさんの本に触っているし、著者や作品のつながりのようなものは頭に入っているし……と自分に言い聞かせて、だんだんやっていけるようにはなりました。けれど広い書店であればあるほど、お客様が書店員に求めることの幅も、やはり広い。知らないものまで知っている顔をして仕事をしなければいけないことに、少しずつ疲れてきてしまったんですね。私にはスケールが大きすぎた。もっと小さいことをやりたかった」

0.5坪の、左側の棚。ジャンルに関係なく様々な一般書が並んでいるが、特に小説家のエッセイやことばに関する本などが多く、宇田さんの書く文章の静かなことば遣いと、迷いのない文体の後ろにある好みのようなものが、少しだけわかった気がした

宇田さんがはじめる前から、この物件は古本屋だった。かつての「とくふく堂」は向かって左側、0.5坪のスペースで開業して「日本一狭い古本屋」としてたまにメディアに出ていた。のちに隣の1.5坪と合わさってやや広くなったが、それでも狭いことに変わりはない。それを引き継いだ宇田さんも、2坪のその店を「ちょうどいい」といって営業している。

「県産本以外は、特にコンセプトのようなものはないけれど、いいところがあるとすれば、狭いから疲れずに全部の棚を見れること。狭いからこそ際立つものって、あると思うんですね。知り合いがつくっているミニコミとかは、東京でも置かれている。けれどこの狭い店にあるから、東京の人が来ても、初めてそれに出会うというようなことが起こる。短い時間にざっと見てもらっても、何かしら引っかかるものがあるようにしたい、と思ってやっています」

詩の棚。右から、ゆかりの詩人である山之口貘の詩を歌ったCD、東京・高円寺の「書肆サイコロ」がつくっている『ME AND MY FATHER 山之口貘詩集』、その山之口貘との交友や詩集の編纂でも知られる金子光晴の著作。そして在庫僅少の花田英三『坊主』に、中里友豪の詩集やエッセイ集、その二人と並び宇田さん自身も同人である詩誌『EKE』のバックナンバーが揃う

宇田さんがそう言った直後、店の目の前を、観光客と思しき女性が「あっ、本屋だ」と言って通りすぎた。

いつも宇田さんが座っている場所から見える風景。第一牧志公設市場に入っていく通路が目の前にあり、右前が鰹節屋。この目の前を毎日、多くの人が歩いていく

この市場には何でもある。そこかしこで魚も肉も野菜も、加工食品も薬も洋服もアクセサリーもお土産も売っていて、隣では傘が売っている。だから何があっても不思議ではないはずで、ましてや本屋など、多くの人が普段から見慣れているもののはずだ。けれど一方、誰しもなんとなく「こういうものだ」と了解している「市場」と「本屋」それぞれの風景がある。その了解から外れている「ウララ」のたたずまいは、この市場を歩く人に「あっ、本屋だ」と、まるで珍しいものを見たかのように感じさせる。

「市場を歩いている人の声が聞こえてくるのは面白いんです。けれど、観光名所みたいに『これだ、これだ』といって勝手に写真を撮られたりすることもあって、それはつらいですね。そもそも観光で来て写真だけ撮って帰るのとか、それって楽しいのかな、と単純に疑問に思いますけど。でも、つらいからといって、店の中にこもってしまうのも違うな、と悩んでいるところ。本について気軽に聞いてもらえる距離は保ちたいんですけど、本を買うつもりのない人に延々と話しかけられたり、ここで本屋をやっている私個人への興味をいきなりぶつけられたりするのは、正直言うとストレスではあります」

写真を撮られるのは苦手ですか、と宇田さんに聞いた。「苦手です。そういう仕事じゃなかったはずなのに、といつも思う」

一方でもちろん、市場という場所の魅力も感じているという。

「大きな書店の中にいると、どうしても自分たちが売っている本というのは特殊なものである、という感覚になるんですよね。でも、ここでは肉とか魚とかと一緒に、みんなと並んで本を売る。商売の原点、という感じがします。お客様はあくまで買い物をしに来ているので、これ買っていこうかな、というフラットな目線で本を買ってくれる。それはいまだに新鮮で、面白いですね。
あと、この市場の人はお互いに売り手であると当時に、買い手でもあるんです。本のことならとりあえずココ、という感じで、市場で働いているおばちゃんとかが来てくれる。競合しないから、優しくしてくれるんです」

宇田さんの左前にある棚の裏側には、「書籍商」の古物商許可標識と、フクロウのカレンダー

とはいえ、宇田さんは神奈川県生まれで、東京で就職したはずだ。ずっと沖縄の、この市場の古本屋にいるのだろうか。ここは誰かに引き継いで自分はまた別のところへ、という可能性を考えたことくらいはあるだろうし、何より宇田さんの書く文章を読めば、書き手としても相当なものであることがわかる。

「東京に帰りたいと思うことはないですね。沖縄にいるからこそ東京の人が見てくれるというのもあるし、古本屋としても、この市場にあるからこそ今の私のレベルでも食べていける。はじめたときも衝動的だったので、やめるときも衝動的なものだろうなとは思っていますけど、いまのところは、ずっとここで古本屋を続けるつもりです。ただ、ひとりでは、ちょっとしんどいかもしれない。手伝わせてください、みたいな若い子が来たらいいなとは思っています。今のところは、いないんですけど。本を書くことについては、昔から夢だったんです。本屋というものをはじめたおかげで、私は本を書くことができた。だから、他の本を書きたいという野望はあります。いまもう一冊、本屋についての本を書いているのですが、目標は、本以外のことについて書かせてもらえるようになること、でしょうか」

たしかにこの「日本一狭い古本屋」を引き継いでいなければ、一冊目の本が出るのには時間がかかったのかもしれない。小さいからこそ棚にも目が行き届く一方、小さいからこそ本以外の点で注目もされ、観光客にも写真を撮られてしまい、そして、小さいからこそ本も出た。きっと既に、次の何かを宇田さんに書いてほしいと目をつけている編集者もいるだろう。本人さえその気なら、その目標はそう遠くないはずだ、とぼくは思った。

市場を離れ、空港に向かった。レンタカーを返して、シャトルバスに乗る。飛行機の中ではまた、買ったばかりの本の続きを読むつもりだ。

市場の古本屋 ウララ

〒900-0013
沖縄県那覇市牧志3-3-1
e-mail:urarabooks@gmail.com
営業時間:12:00-19:00
定休日:日・火曜

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